2013-05-22

Brother

今日はいつもと少しネタを変えて。

自分には大切な仲間がいます。度々Blogやモデルで登場する長髪がトレードマークの"K"ことケイタロウ、そしてご存知"PIPPEN"。(以下K,P)
2010年BALI
彼らとの出会いは今から20年前の高校一年。
3人が同じクラスになった事から始まった。Pとは名前が同じで(俊介)そこから話しが合い、気が合いすぐに仲良くなった。Pはゴルフ部、Kと自分は野球部。
その野球部は甲子園に度々出場する野球の名門。しかも全寮制という、なんとも恐ろしい所に身を置いてしまい、当然Kとは四六時中一緒にいるわけで特に仲が良かった。
だいたい想像はつくと思うが、それはそれは厳しい練習や寮生活で懲役をくらったようなものだった。
朝から晩まで気の抜けない生活を送っていたが、唯一楽しかったのが学校生活。野球部は寮と学校の往復しかしていないので、他の情報が一切ない。
ゴルフ部の奴らはなんだか少し大人びてる様な感じで、僕らはいつも彼らの話しを興味津々に聞いてたような気がする。当時流行ってた服の事や女の子のことなど。。。
Pは勉強もよくできてクラスの中の上くらい。自分とKはワースト5を争う始末。

そして本業の野球はというと、『ひばり』という屈辱的なポジション。『ひばり』とは
試合は愚か練習にもまともに参加させてもらえず、ひばり(鳥)の様にピーピー声を出してるだけの球拾い。山の上にグランドがあったので、よくボールが山へ飛んで行くのを嬉しそうに見届け、我先に走って山や崖を降りて水たまり泥水をよく飲んでた。
練習が終わっても先輩のご飯の準備や洗濯などやる事は盛りだくさん。
フーっと一息つけば『食堂に集合!』先輩からの呼び出しと共に『ドキッ』長い長い正座からはじまり。。。その後は想像してください。
夜中に寮を夜逃げするヤツは度々現れ、必然的に学校も辞めるという最悪な結末を迎えなければならない。

2年生になっても2人は『ひばり』だった。むしろ2年生になってからのひばり生活の方がつらい。
そして先輩が引退し最上級生になってもやはりひばりだった。3年生のひばりはタチが悪い。何かと文句ばかり言って、レギュラーの子達をよく困らせた。

とある練習試合の日Pが試合を見に来た。当然自分とKはベンチにも入れず、帽子を後ろ向きに被ったりお茶ばかり飲んで、ウトウトとしていた。すると突然めずらしく2人に出番がやってきた。試合も終盤のどうでも良い場面だったと思う。
バックネット裏の特等席にはPと彼女がニヤニヤしながら見ている。まずはK、久しぶりに
バッターボックスに立ち緊張している。たぶんバントのサインが出てたのだろう。最初からバントの構えで立ったが一球もバットにカスリもせず三球三振。即交代。むごい...
そして自分、ポジションはファースト。特等席から視線を感じる。
するといきなりセカンド寄りボテボテのファーストゴロ、なんなく取ったがわずか数メートルの一塁にとんでもない悪送球。即交代 Pが爆笑していた。

そんな感じで2年半『ひばり』を全うしてきた。
その頃すでにPはサーフィンを始めていて、日焼けをしカッコ良く見えた。卒業式には真っ赤なフォルクスワーゲンで来ていた。
その後3人は別々の進路になったがKと自分もサーフィンを始めて、当時流行っていたサーフブランドに身を包み伊良湖に通い始めたのだった。

それから数年が経ち海外へトリップへ行ったり、夢を語り合い切磋琢磨してサーフィンをバックボーンに持ち各々が色を出し始めた。いつしか自分は洋服に携わり、カッコいい海パンを作りたいと思い出し2年前に独立した。KもPも同じ頃会社をドロップアウトしPはサーフショップを営み、Kは常に波の良い所に身を置き、グッドウェーブをスコアしてきた。

そして来る5月25日PIPPEN STOREは大都市名古屋に移転し新たなステージへ。

サーフショップという枠を超え"ビーチカルチャー"と言うアプローチで新たなチャレンジの始まりです。もちろんTHM.もフルラインナップで展開し、今までこのエリアに無かった
風を吹き込もうと鼻息上がってます。どうぞみなさん宜しくお願いします。

長々と失礼しました。





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